広島さん。

某カープ好きグループにてだらだら書きました。

その八十四。(交流戦だよ、広島さん!!~2021~)

僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。

だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。


2021年5月29日、セ・パ交流戦
マリンスタジアムに、僕はいた。
もちろんいつものカープ友達も一緒だ。
隣のクラスの岩国さんと、あとは・・・。


『見つかった、湯川くん?』
『どこにもいないよ・・・どうしよう、もうすぐ試合始まっちゃうね』
『ごめんね!!あの子、来る途中ずーっと「いも豚カレー、もつ煮、いも豚カレー、もつ煮・・・」って呪文のように唱えてて。気をつけてたんだけど』
『仕方ないよ、球場グルメ命なんだもん』
マツダカープうどん、東京ドームでメロンパンサンド、神宮でウインナー盛り、メットライフでクラフトピザ、ハマスタでシウマイチャーハン』
『そして目を離したスキに、もつ煮とカレーを買いに行って』
『で、またどっか行っちゃったんだよね、リコ・・・』

そう。
あと、一緒に来てるのは広島さん。
球場に来ると舞い上がっちゃう彼女は、一人でどこかに行かせられない。
必ずと云っていいくらいに迷子になるし、それどころか、僕らの想像もつかないところへ迷い込んでしまうんだ。(こちらのお話を参照)
財布以外の手荷物は全部席において行っちゃったし(スマホまでおいていくとは思わなかった)、カスタマーセンターにお願いして迷子の放送もしてもらったけど、見つからないし(17歳の女の子が迷子になったって云うのは恥ずかしかったけど、とっても優しい対応だったよ)。

『ダメ元で「ダッグアウトにいるかも知れません」って云ったけど、取り合ってくれなかったしなぁ』
『そりゃそうだよ。日米野球の話だって、最初に岩国さんから聞いた時は信じなかったもの。あとで稲葉監督が「ベンチに落とし物です」って、学校に色紙(侍JAPANとMLBオールスター全員のサイン入り)と広島さんの生徒手帳送って来て。あれ朝礼で見た時、死ぬほどビックリしたよ』
『全校生徒の前で注意されてね・・・。あの色紙、何だかわかんないけどまだ学校の玄関に飾られてるんだよねぇ・・・まあリコって、迷子になるのも得意だけど、何とか帰ってくるのも得意だし。待つしかないね』
『今度から広島さんのご両親にお願いして、子供用のGPS買ってもらおうか?』
『あの子、絶対それも置いてくって』
『そうだね・・・』

僕と岩国さんは、同時にため息をついて席に戻った。

少し気分は重いけど、初めて来たマリンスタジアム
五月の乾いた風がとても気持ちよくって、思ってたよりも優しい風で。
薄曇りで青空が見られなかったのはちょっと残念だけど、おかげで太陽にあぶられる事もなくって、ホントに良い気持ちだった。

『広いねぇ、湯川くん』
『だね。神宮やハマスタと、また違った開放感だ』
『やっぱり球場には空がないとね』
『ドームは観てる方も選手も快適だけど、やっぱりこっちが良いよね』
『だよねぇ』

他愛もない会話で、平静を装ってるけど。
二人とも心の中で思ってる事は同じだ(と思うんだ)。

願いは一つ。

広島さん、頼むから何もやらかさないで・・・!

と、そこへ。

『恐れ入ります、湯川さまですね?』
『はい?』

振り向くと、船員さん風マリンルックの制服。
さっき迷子の対応をしてくれた、カスタマーセンターの女性スタッフだった。

『あ、どうも。先ほどは有り難うございました』
『見つかったんですか、リコ!?』
『いえ、申し訳ありません。まだ探している最中なんですが、湯川さまに、これをことづかってきましたので』

スタッフの女性はそう云って、僕に一枚のカードを渡してきた。
二つ折りで招待状くらいの大きさ。
簡単な封がしてある。
表にはマリーンズのロゴの、黒い[M]の文字。

『・・・どなたからです?』
『私もお渡しするようにって云われただけなんです、申し訳ありません。ご覧いただければ分かるって云うことでしたので』
『そうですか・・・(カードを眺める湯川くん)』
『ご心配でしょうけど、お友達は引き続きこちらでも気をつけてますから』
『有り難うございます、ホントにあの子、鉄砲玉なんで』
『こちらこそお役に立ててなくて申し訳ありません。ただ、ゲートのスタッフ全員に確認したんですけど、それらしい女の子が出て行ったっていう情報はありませんでした。球場のスタッフ全員に連絡して、みんなで気をつけてます。もうすぐ見つかると思いますから、その時はすぐ連絡しますので』
『有り難うございます』
『皆さんおそろいで楽しめるように、試合開始までには何とかします。ではこれで』

丁寧なお辞儀をして、スタッフさんは戻っていった。

『リコはバカだけど、マリンのスタッフさんは優しいね』
『そうだね。何だかここが好きになってきたよ』
『スタジアムからは出てないんだし、あれだけ気をつけてくれてるんだったら、じきに見つかるね』
『だといいんだけど』

そう、広島さんは、いつも僕らの斜め上を行くからなぁ・・・。

心配は心配だけど、スタッフさんの気遣いにちょっと安心して、僕は、さっき渡されたカードの封を切った。

そこには短い文章が。

=====

ようこそ、マリンスタジアムへ!!
千葉ロッテマリーンズは、あなたたちを歓迎します。
コロナ渦の影響で、一年越しに漸く実現しました交流戦
今年はセントラルより、広島東洋カープという素晴らしい歴史と伝統をもつチームを、私たちの本拠地・ZOZOマリンスタジアムに迎えられて、大変光栄です。
そんな良き日に、ちょっとしたサプライズを御用意しました。
つきましてはそのサプライズのために、広島鯉子さんを少々お借りします。
ご本人も了解済みですのでご安心を。

千葉ロッテマリーンズ
ーUー

=====


『ゆ、「ゆう」って・・・』
『え、なに!?』
『あ、ごめん。岩国さんを呼んだわけじゃないんだよ』
『だよね、ビックリした(岩国さんの名前は由宇)』

もう一年前の事だから、すっかり忘れてたけど。
一体、何をやる気なんだ?

『(湯川くんの顔をのぞき込み)どうしたの、湯川くん?』
『ん?ああ、何でもないよ』
『無いわけないでしょ、それ読んだ途端に顔色変わって。何が書いてあったの』

僕は黙って、岩国さんに「U」からのメッセージを渡した。

『・・・何、リコは、マリーンズのなんかわかんない人にさらわれたって事!?』
『さらわれたんじゃないね、本人も承知の上だって云うんだから』
『でもさ、一体なんなのよ、その「U」ってやつ?大体ホントにマリーンズの関係者なの!?もしかしたら変質者とかなんじゃないの!?』
『いや、それはないから。マリーンズの関係者なのは、間違いないよ。そうじゃなければ、カスタマーセンターのスタッフさんがこんなカード持ってくるわけないし』
『そういやそうだね。じゃあ危ない目には遭わないだろうけど』
『気になるのは、一体どんなサプライズかって事だよ。あの人、何を企んでるんだか』
『湯川くん、この人知ってるの!?』
『詳しくは知らないよ、でも電話で一回話した事がある』
『えぇっ!?一体、誰なの!?』
『じきに分かるよ、岩国さん』

そう。しばらく思い出さなかったけど。
この「U」って人、前に話してから、正体の目星はついてるんだ。

場内は試合開始前のセレモニーが進んで、最後の始球式が終わったところだった。
いよいよプレーボールだ。
球場内にアナウンスが響き渡る。

ーそれではただ今より、日本生命セ・パ交流戦2021、千葉ロッテマリーンズ広島東洋カープの、第2回戦を開始致しますー

場内アナウンスが流れた。
ここまではいつも通りだった。

が。

新型コロナウイルスの影響により、昨年お招きする予定だった広島東洋カープさまを、ようやく迎える事が出来ました。無事に交流戦が開催できる事を、私たち千葉ロッテマリーンズ選手・スタッフ一同は大変嬉しく思っております。ご来場のファンの皆様と共に、この良き日を共に楽しむために、本日は特別企画『ビジターサンクスデイ』と題して、球場にお越しのマリーンズ・カープ両方のファンの皆様に楽しんでいただける試合にしていきたいと思っておりますー

グラウンド上は予め打ち合わせが済んでいるのか、アナウンスが終わるまで待とう、という感じで、選手も審判も待機している。


『何云ってるんだ、谷保?』
『エラい前置き長いな。さっさと始めりゃいいのに』

マリーンズファンだろう、僕らの席の後ろの二人連れが戸惑ったように話している。
そんな声とアナウンスを聞きながら、僕と岩国さんは、嫌な予感しかしていなかった。

ーその一環として、本日の試合、イニング表の球場アナウンスを、ビジターチームであります広島カープに開放致します。それでは選手交代と参りましょう。では、よろしくお願いしますー

『え』
『まさか』

僕と岩国さんがほぼ同時に言葉を発した次の瞬間。

ーはぁぁいっ!!では広島東洋カープ、一回表の攻撃です!!お願いします、切り込み隊長!!いちばん、しょーと。田中コースケっ!!背番号、にっ!!ー

マリンスタジアムに響き渡る、広島さんの大きな声(元々声は大きいんだけど)。

『広島さんんんっ~っ!?』
『リコぉぉぉ~っ!!!!』

思わず立ち上がった僕と岩国さんは、それに負けないくらいの大きな声を出していた。
まわりの客が驚いているけど、冗談じゃない!!
今この球場で一番ビックリしてるのは、間違いなく僕と岩国さんだよ!!

『湯川くん、まさか、そのメッセージ書いてきた「U」さんって・・・!?
『そうだよ。岩国さんの想像通り。「U」は、ウグイスの「U」だったのさ・・・』
『谷保さんって事!?マァジでぇぇえ!?』

やってくれたな、『U』、いや、谷保さん・・・。
去年広島さんに会いたがっていたのは、これがやりたかったからなのか・・・!

立ち上がったまま呆然としている僕らの前で試合は始まり、第一球。
マリーンズ先発・美馬の投げた外角高めのストレートを広輔はファウル。
打球はほぼ真後ろに高く上がり、客席へ。
そしてまた広島さんの声が。

ーファウルボールに、ご注意ください!!磯村パンチくらい当たると痛いよ!!ー

思わずズッコケる磯村。(先発・玉村の球をベンチ前で受ける準備をしていた)
三塁側スタンドから笑い声が起こった。

『面白いな、今日』
『いや、磯村のじゃなくっても痛いって』
『え、何どういう事?磯村って誰?(マリーンズファン)』

色んな声が周りから聞こえるけど、概ね好意的な感じだ。

『おい、そこ座れよ!!』
『あ、すみません・・・』

後のお客さんから怒られて、僕と岩国さんは腰を下ろした。

美馬は振りかぶって、第二球。
広輔の鋭い振り。
お馴染みの快音。
その音に送られるように、打球は一二塁間を飛び越えていく。
楽々と一塁へ到達する広輔。
見事なライト前ヒットだ!!

ーいい感じです、たいちょー!!カープファンは拍手はくしゅーっ!!ー

広島さんに煽られて(?)、大きな拍手がわく。
まるで先頭打者ホームランが出たような騒ぎに、一塁上の広輔は、ちょっと照れながら頭を下げていた。

ーさあ続いていこうね、先輩に負けないで!!にばん、らいと、宇草こーき!!背番号、さんじゅーはち!!ー

もうノリが分かってきたお客さんからの大きな拍手。
入場テーマこそないけれど、まるでホームゲームのような大音量の拍手だった。
が、宇草はワンツーからの五球目、外のストレートを空振りの三振。

ーんもぉっ!!ー

思わず出てしまったんだろう、ファンの心を代弁したような(まあ実際はただのファンなんだけど)広島さんの声に、今度は球場全体から笑い声が湧いた。

ー今のは、美馬さんがうまかったって事で。次だよつぎ!!はりきっていこうね、松山さん。さんばん、れふと、アンパンマーン!!背番号・・・ー

『逆でしょ、そこは!!』

食い気味にツッコむ岩国さん。
さすがに広島さんの呼吸が分かっている絶妙のタイミングだった。
けど、ツッコんでいるのは岩国さんだけじゃなくって、

『登録名で呼べって、面白すぎんぞオイっ!!』
『わざとだろ?なあ、わざとだって云ってくれよぉーっ!!』
ZOZOマリンに笑いの神が降臨・・・(ツイートしてる人)』

もうマリーンズファンだろうがカープファンだろうが関係なく。
マリンスタジアムは、なんだかおかしな事になっていた。

『こんな事してたら、選手が集中できないよ、広島さん・・・』
『なんか恥ずかしい。私、全然悪くないのに、もの凄い恥ずかしいんだけど・・・』

こんなの、サプライズでも何でもない。
ただの悪ふざけだよ・・・。

その後の攻撃は、松山がエンドランを成功させて一三塁にするも、続く西川のファーストゴロで飛び出した三塁の広輔が、三本間で挟まれてツーアウト一三塁。五番手の坂倉が空振りの三振で、結局得点は出来なかった。

ードンマイ、いいところまで行きました!!それじゃアナウンスの交代だよっ!!ー

アナウンスが、広島さんの弾むような声から、落ち着いた女性の声に変わる。

ーそれでは、一回裏、千葉ロッテマリーンズの攻撃ですー

ファンならお馴染みの、谷保さんの美しい声だ。
これで試合も少しは落ち着くだろう。

ーけれども、ねぇ?ー

・・・・・・え?

ー散々ひとんちで盛り上がってくれちゃったわねぇ、カープさん。でもね、ここはマリンスタジアム。どっちのホームか教えてあげますからね!!ファンの皆さんもよろしくお願いしまぁーすっ!!ってなわけで。最強パシフィカン・世界のロッテがお送りしますベテランリードオフマン!!一番、センター、荻野ぉ、タカシぃーっ!!背番号、ゼロォぉーっ!!ー

『アンタもおんなじなんかぁぁぁーいっっっ!!!!』








・・・と、立ち上がった僕は。

マリンスタジアムの中ではなく、電車に乗っていた。

周りの人が、ものすごく驚いた顔で、僕を見ている。

『(あ、京葉線だ・・・・・・夢か)』

そうだ。
今、マリンスタジアムに行く途中だったんだ。
寝不足だったから、寝ちゃってたんだな・・・。

『ゆ、かわ、くん・・・?』

声をかけられた方に振り向くと。
隣に座っていた、広島さんと岩国さんが。
ビックリした顔で僕を見ていた。

『ごめん・・・なんか、変な夢見てたみたい』
『汗びっしょりだよ。私、予備のタオル持ってるけど?』
『あ、大丈夫。有り難う、岩国さん・・・』
『なんか、相当な夢だったみたいね?』
『うん、酷い夢だった、本当にひどかったよ・・・』
『電車乗ってすぐウトウトしてたから、昨日寝てないのかな、って思ってたけど』
『二年越しの交流戦だから、嬉しくって眠れなかったんだけど。最低な夢だったなぁ』
『そうなんだ・・・』
『ねぇねぇねぇ、どんな夢だったの、湯川くん!!』
『広島さん・・・』
『あ、ごめんなさい。やっぱり当てるから云わないでいいよ!!』
『広島さん・・・』
『わかった!!謎の魚と二人でダイビングに行った夢だ!!』
ひろしまさん・・・』
『あたりだね!?で、海の中で「うおうおぉおっ、うーおうおうおぉおっ♪」って謎の魚ダンスをしてたんだね!?』

さっきの夢と広島さんの明るい声がリンクして、僕は、なんかもやっとした気分になってきていた・・・。

『ごめんね、ちゃんと説明できるような夢じゃなかったから』
『えぇ、そうなのぉ?』
『リコ、湯川くん調子悪いんだから、海浜幕張つくまで休ませてあげなよ』
『あ、そうだね。ゴメンね、湯川くん!!また寝てていいよ、起こしてあげるよ!!』
『いや、もう寝たくないよ・・・』

今度寝たら、広島さんや岩国さんと一緒に「謎の魚ダンス」を踊ってる夢を見るかも知れないからね・・・。

お願いします、谷保さん。

普通にやってくださいね・・・。



僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。

だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。

 




湯川くんはまだ知らない。

マリンスタジアムで、谷保さんがスライリーとマーくん、リーンちゃんの着ぐるみを用意して待ち構えていた事を。

それを湯川くん達に着せて『謎の魚ダンスタイム』で踊らせようとしていた事を。

そしてそれを知った球団社長に怒られて、計画が未遂に終わった事を。

湯川くんはまだ知らない・・・(ってか、知らずに終わるんだけど)




謎の魚ダンスってこういうやつです。

www.youtube.com