その三十四(広島さん『野球だ野球だ!カープ関係ないじゃんいい加減にしろよと思ってる方、今日で終わります、ようやくカープが絡みます今日は超長いよ』スペシャル その6)。
僕の同級生、広島さんはとなりのクラスの人気者。
だけど僕にだけよく分からない事をいいにくるのが玉に瑕。
完全に鷹一たちの裏をかいたバスターエンドランで最終回、2点を勝ち越した僕らだったけど、よし子さんがちょっとキツそうだ・・・。
『(四郎さん)最終回、よし子は保証できません。ここのところ7回でやってたのがいきなりの9回ですからね』
『(困った顔の鯉太郎さん)しかしなぁ、相手の打順はあの福岡の倅からだ。うちのメンバーであのクリーンアップを相手にとなると、いったい誰を投げさせたらいいものやら』
『(広島さん)お父さんは?』
『あれの球はバカみたいに速いが、バカみたいにどこへいくかわからんのだよ』
『三条さんは?』
『たぶん、試合を放棄して家に帰るね』
『そんなにファーストが好きなんだ・・・』
『(割り込んできたよし子さん)だぁかぁらぁ、あたしに任せときなって云ってんの!』
『よし子・・・』
『こういう時こそあんたのリードが頼りなんじゃないか!エースと心中するくらいの覚悟がなくてどうするんだい!!』
『まあ、行けるところまでいってもらおうかな、よし子さん。ただし、夫婦心中は見せないでおくれよ』
『鯉太郎さんじゃなければぶん殴ってるね(笑)。じゃあ、行くよ、あんた!!』
「マウンド度胸」と云う言葉がある。
よし子さんはその言葉を魚屋のおばさんにしたような人なわけで。
大声をあげながら投球練習をして、相手を威嚇する姿は、笑っちゃうくらい滑稽でかっこよかった。
が、やはり四郎さんの読みは正しかった。
先頭打者の鷹一にはファウルで粘られ、フォアボール。
(鷹一の納得のいかない顔が面白かったよ)
続く山梨先輩には、3-1からの甘く入ったストレートを三遊間に。
ノーアウトランナー1、2塁。
一挙に緊迫するグランド。
黙り込んで祈るループの応援団。
押せ押せで盛り上がるGホークスの応援団。
どうなるんだ、一体!!
(ベンチでハラハラしながら成り行きを見守っている広島さん。もう今にも泣きだしそうな顔。と、彼女のスマホに母のもみじさんから着信)
『もしもし・・・試合はどうって、サヨナラかもしれないんだよ!お母さん、球場にいないの!?何やってんの、信じらん・・・わかった、お祖父ちゃんに替わればいいのね』
『(スマホを受け取る鯉太郎さん)あぁ、お疲れ様。どうだい、トシさん間に合いそうかい?うん、あと少しでアップが終わる?わかった、有難う』
『トシさん?来れたの!?(明るい顔になる広島さん)』
『あぁ、何とか来てくれたよ、今日は』
さて、次の打席は福岡正義さん。
『ここでオレが今日のヒーローになるってわけだな』
自信満々の笑顔で打席に上がったが、左脇腹えぐりこむような死球をもらい、一塁へ・・・。
『う、魚広ぉっ!!お前、絶対わざとだろう!!』
『まぁさか~(こんな状況でお前みたいなやつに死球なんか、こっちだって出したくなかったよ・・・)』
ノーアウト満塁。
ただ、ここからは福岡さんの会社の野球経験があるよ、程度の人が続く。
よし子さんなら、しのいでくれるはず!!
と、福岡さんがタイムをとり、審判に選手交代を告げる。
場内アナウンス(あるんだよ)が流れる。
『6番、佐籐に代わりまして、杉本。背番号、99』
どよめくスタンド。
そりゃあ、そうだ。
今年の都市対抗で2次予選の決勝までいった、地元「やわらか銀行」野球部の4番が、目の前に現れたんだもの・・・。
『(塁上の正義さん)見たかぁ、広島ぁ!秘密兵器って云うのは最後までとっておくから秘密兵器なんだ!!』
もう勝ったつもりの福岡さんに。
ルーリーさんは黙ってタイムをかけ、同じく選手の交代を告げる。
そしてマウンドのよし子さんに近づき、
『お疲れさん。ゆっくりベンチで死体になっててくれ(笑)』
『・・・トシさんだね?』
『間に合ってくれたよ』
『トシさんならしょうがないね、ゆずってあげるよ』
再び流れるアナウンス。
『広島ルーリーカープ、投手の交代をお知らせ致します。外木場よし子に代わりましてーーー』
その後の言葉を聞いて、僕の頭は爆発した。
まさか!あの人が!!
『外木場よし子に代わりまして、澤崎。背番号、14』
澤崎!
澤崎だ!
澤崎俊和だ!!
一気に盛り上がる広島ループ応援席(と僕)。
唖然としている福岡さん(と、Gホークスのメンバー)に、ルーリーさんの返事。
『そうだな、秘密兵器は最後までとっておく。全くあんたの云う通りだよ』
マウンドに上がった澤崎さんはゆっくり、楽しむように投球練習を始めた。
そんな澤崎さんを見ながら、仲間たちは。
『相変わらずいいとこどりだねぇ、トシさん(柳さん)』
『これでも急いできたんだよ、純真さん(笑)』
『パパっと片づけて、早く打ち上げ行きましょ!(寺内さん)』
『そんな簡単なもんじゃないよ。もうおれ44歳だからね?とにかく手堅くいこう!』
『(内野全員)またまたぁ~(笑)』
『(グランドの様子を見ている広島さん)お祖父ちゃん』
『何だい、リコ?』
『トシさんてそんなすごかったの?』
『そうか、リコはトシさんの現役時代は知らないんだものな。1996年に、トシさんはカープからドラフト1位指名を受けたんだ。ちなみにその時の2位は黒田さんだよ』
『へぇーっ!』
『とはいえ、デビュー1年目が自身の最高の成績で、以後は故障に泣かされ続けて、引退。コーチになったんだ。野球にたら、ればは禁物だが、故障さえなければ、私は黒田と共にカープの二枚看板で活躍して、メジャーに行ったんじゃないかと思うんだよ』
『そんなすごかったの!』
『ま、私の個人的な意見だが、ね』
『・・・』
『カープの14番。外木場義郎さんの名前を挙げる人もいるだろう。津田恒実さんの名前も忘れることはできん。最近は、リコのお気に入りの大瀬良君だな。カープの14番はある意味18番よりも重い。あの澤崎俊和という男は、その背番号に値する男だった。たとえそれが一瞬のことであってもな(遠い目をする鯉太郎さん)』
試合再開。
バックのループナインからは澤崎さんに声援?がとぶ。
『トシさん!その杉本って、青学出身ですよ!後輩だからって、優しくしないでくださいね!(寺内さん)』
『最近の東都はどんな野球してるんでしょうねぇ?見せてもらいましょうよ、澤崎さん!(三条さん)』
『一人一球で終われば楽でしょ、トシさん!バックは鉄壁ですよ!こっちにくださいよぉ!!(ルーリーさん)』
『うるさいよ、お前ら子供か!』
まるで子供のようにバカみたいな発言に。
苦笑いしながら振りかぶり。
放たれた澤崎さんの一球目は。
『スタァァァァイクッッッ!!(球審は白井さんです)』
まだ僕が野球部だったころ。
父が何度も何度もビデオで見せてくれた、あのスライダー。
「わかっていても打てないスライダーっていうのはこういう球の事をいうんだよ」
自分が投げてるわけじゃないのに、父の得意そうなセリフが蘇る(父は生きています、ちなみに)。
ほんとにこの人、現役じゃないの?
勝負はもうこの一球で決まった。
澤崎さんはこのあと、ストレートふたつで三振を取り。
後続の打者も遊び球なんか使わず、全部三球で終わらせて。
ゲームセット。
・・・勝ったんだ!
僕は叫びながら、泣きながら。
マウンドにいる澤崎さんに突っ込んでいった。
そこから先の事は簡単にしておこう。
澤崎さんに抱きつく前にみんなにもみくちゃにされた事。
鷹一が土下座しに来たけど、もういいから仲直りしないかって、いった事(鷹一は無言でその場から去っていったけど、大丈夫だと思う、多分)。
あと、澤崎さんにお願いして。
バッティング用グローブ二つにサインしてもらって。
僕と父へのお土産にしたこと、くらいだ。
広島さんはって?
決まってるじゃないか。
彼女はずーっとルーリーさんの首っ玉に抱きついて。
『やっぱりウチのチームは最高だね、お父さん!!』
ってずーっと、ずーっと云ってた。
僕も本当にそう思う。
僕の同級生、広島さんはとなりのクラスの人気者。
だけど僕にだけよく分からない事をいいにくるのが玉に瑕。