その四十三。(新井さん、じゃあね!!)
僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。
だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。
三月十六日、僕は。
広島さん、広島さんの親友の岩国さんと一緒にズムスタにいた。
まさかの新井さん引退セレモニー(と、オープン戦)の観戦だ。
僕も色々頑張ったけど手に入らなかったプラチナチケット。
それをなんと三枚も手に入れたのは、広島さん。
しかも座席は一塁ベンチすぐそばだった!!
『広島さん、どうやってこんなところを?』
『そうよ、リコ。まさかあんた転売屋とかに・・・?』
『まさかぁ、由宇ちゃん!これは、バレンタインのお返しだよ!』
『ホワイトデーに、カープのチケット?』
『そう!』
『そんな事が出来るのは・・・彼だね(グランドを指さす湯川くん)』
『あったり~っ!!ホントいい人だよ!!』
僕の指さした先には。
こっちに向かって鼻ピロピロしながら大きく手を振ったり、投げキッスをしてくれているスライリーの姿があった。
『ピロピロ~♪♪(広島さん、岩国さん、湯川くん。ズムスタへようこそ!!今日はちょっぴり寂しい日だけど、笑顔で盛り上げてねぇ!!)』
『わかったよぉ、涙はナシだね、スライリー!!(大きく手を振り返す広島さん)』
『ピロピロ~♪♪(もちろん、ボクのパフォーマンスやダンスもお見逃しなく!!これで今日こそリコちゃんは、ボクの恋の、じゃない、鯉の奴隷になっちゃうよっ!!)』
『ごめん、何云ってるのかわかんない、スライリー!!』
『ピロピロ~♪♪(・・・ちょっとふざけすぎたね。じゃあ、楽しんでね!!)』
『ありがと~!!(手を振る広島さん)』
『・・・湯川くん』
『なに、岩国さん』
『スライリー、ピロピロー♪♪以外になんかしゃべってた?』
『いや、聞き取れなかったけど』
『(不思議そうな顔で二人をみる広島さん)どうしたの、二人とも?』
『(湯川くんと岩国さん、異口同音に)いやいやいやいや!!何でもないです!!』
スライリーと会話が出来る超能力はさておき。
その日は。
本当に、いい一日だった。
山本さんと黒田さんの、ものすごいサプライズ。
ほっこりした始球式。
結果はともあれ、明日に繋がる試合。
そしてスピーチ、グランド一周、胴上げ。
たった一人の人間が、ただひとつの仕事を引退する。
それだけのことに、(僕も含め)何万人もの人が。
笑って、泣いている。
ある人が、その仕事に打ち込んでいた時間。
その時間を、ただ共有出来たという幸せ。
ファンは、その事に感謝するためだけに、ここに集まった。
(もちろん、ここ以外の場所でも)
なんだよ、すごいな。
ほんとすごいや、選手とファンって。
セレモニーを見届けた僕の耳には『全力少年』がずっとリフレインされていた。
素敵な時間を有り難うございました、新井さん。
さよならはいいません。
じゃあね、新井さん。
じゃあ、また、お会いしましょう!!
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『そういえば由宇ちゃん、稲葉さんからもチケットのお話しがきてるんだけど!』
『あんたすごいよ、リコ・・・』
僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。
そして、転売屋要らずの超強力なコネをもっちゃったのが玉に瑕。
ほどほどにね、広島さん。