その四十六。(鈴木さんのひとりごと)
えー、どうも。
久しぶりのお話しが、こんなさえないオッサンの独り言で。
リコちゃんを楽しみに来てくだすった方には大変なお力落としかと。
お見舞い申し上げます。
・・・まままままっ!!
お怒りはごもっとも!!
でもねぇ、さすがのリコちゃんもお疲れみたいでねぇ。
察してあげてくださいな。
なに、じきに皆様の前に出てくると思いますんで、ね。
改めて自己紹介いたします。
アタシの名前は鈴木市郎。
広島ループで右翼手をやらせていただいております。
そうなんですよ。
まさかの、
『ライト・イチロー、背番号51』
名前負けもいいとこなんですが(笑)、ね。
位置取りの良さだけでなんとかやってますよ、ええ。
本業は、先祖代々からの質屋稼業。
アタシ自身はそうは思わないんですが、
『因果な商売』なんて思う方もいらっしゃるみたいでね。
まぁそりゃあそうかもしれません。
別れた男に貢がせてたブランド物を質に入れたら、ぜんぶ偽物だったとか、ね。
いろいろあるんですよ、うんざりするほど・・・。
まぁ、今日はそんな中、カープの絡んだお話しを聴いていただきましょうかね・・・。
********
『大丈夫ですか』
閉店間際のアタシのお店にやってきたのは、OL風の若い娘さん。
大体が閉店間際の質屋に来る客ってのはワケありが多いんだが、この子からもそんな臭いがプンプンしててねぇ。
とはいえ断る理由なんかありゃしない。
商売ですからね。
『よござんすよ、お買い物ですか、それとも・・・』
『引き取ってほしいんです、これを』
彼女が差し出したのは真っ赤な袱紗。
受け取って開くと、出てきたのは一個のサインボール。
『こりゃあ・・・建さんのボールかい・・・』
『はい、高橋建投手、本人の直筆です』
高橋建。
ご説明の必要もありませんな。
侠気あふれるサウスポー。
アタシも好きな選手でしたよ、えぇ。
しげしげとボールを見つめてるアタシに脈ありとみたのか、娘さん。
『いくらでもいいんです。お願いします!』
『あんた、アタシがカープファンだってきいたからここへ来たんだね?』
『(うなずく)』
『だったら、そりゃあ了見違いだ。アタシはカープファンだから、この手の品物は扱えないんだよ』
『・・・』
『FAで出てったからって親の敵みたいにそいつのレプリカユニフォームを売る奴なんか、申し訳ないけど反吐が出るタチでね。悪いけど、お引き取りくださいな』
『・・・預かっていただくだけでもいいんです』
『ただ捨てるんなら、神社や寺で御焚き上げに出すってのもあるよ』
『捨てるに、捨てられないんです。おねがいします・・・』
『・・・なんだかワケありのようだね』
『(黙りこくっている娘)』
『いえないような理由なら、ますますこいつは預かれないよ?』
『(黙りこくっている娘)』
『・・・そんな黙り込んでちゃあ分からないからさ。よかったら話してみなさいよ』
・・・あ~ぁ。
これがアタシの悪い癖なんだ。
たぶん断れなくなるんだろうと思いながら、話しを聴いたんだが・・・。
娘さんがこのボールを手に入れたそもそものきっかけは。
小っちゃい頃に、かっこいい建さんの姿をみて
『この人のお嫁さんになる!!』
って父親に云ったら、次の日から仕事三日休んで、娘の名前を入れてくれってお願いして、もらってきてくれたんだそうで。
日付は2001年。
なるほど、そりゃお嫁さんになりたくなるよねぇ。
この年の建さんはオールスターに二年連続で出場。
先発のサウスポーでガンガン売り出してたっけ。
以来、建さんが引退してからも、このボールは彼女の宝物だったんだそうで。
『でも、なんでそんな大事なものを手放そうとするんだい?まさかあんた、惚れた男がいて、そいつがタイガースファンだったなんて事じゃないだろうね』
『何で分かるんですか!?』
『・・・当たっちゃうんだね、まさかに』
『それで、父にその話をすると、「トラキチにいかれちまうような、そんな娘に育てた覚えはない、お前なんかオレの娘じゃない」って』
『それで?』
『私も売り言葉に買い言葉で。「娘の幸せと野球とどっちが大事かわからないあんたなんか、父親じゃない」って、思わず』
『最悪だねえ・・・』
『で、「このボールだってもう要らない、ドブに捨ててあの人の所に行く。明日から私の愛唱歌は六甲おろしよ!!」って飛び出してきちゃったんです・・・』
『おやおや・・・で、カープファンはやめられるのかい?』
『(首を横に振る娘)』
『だろうねぇ。アタシのところにこのボールを持ってきたくらいだから。で、あんた。どうするの?』
『とりあえず彼の所に行きます』
『彼氏はあんたがカープファンだって事は知ってるの?』
『いえ。彼の前ではプロ野球って面白いよね、くらいの女子で通してたんです』
『後手後手もいいとこだね・・・もう、そんなわけにはいかないよ?』
『・・・』
『まさか、タイガースファンにもなれっこないんだろ?お家の事も含めて、ちゃんと彼には話さないと。それを黙ってちゃあ。それこそあんた、彼への裏切りだよ』
『・・・』
『親父さんだってそうだよ。娘さんの幸せを願わない男親がどこにいるもんかね。その相手が、あんたが見込んだとおりの人間だっていうんなら、たとえタイガースファンだって、ホークスファンだって、親父さんも許してくれるって』
『・・・ジャイアンツファンだったら?』
『知らないよ、そんな事は!あんた、ホントに困ってるのかい!?』
『ごめんなさい、つい・・・』
『とにかく、こんなもん持って彼の所に行くのは気が引ける、けれども捨てるわけにはいかないんだね?わかったよ、預かりましょ』
『!!』
『その代わり、金は貸せないよ。代わりに利息も取らない。全部片付いて、あんたの気が済んだら、取りにおいで。いいかい?』
『あり、がとうございます・・・』
娘さんは何度も何度も頭をさげて。
店から出て行きましてね。
残されたのは哀れなボールだ。
建さんからの直筆で、あの娘さんの名前だろう、「陽子ちゃんへ」の文句が泣かせるじゃないか・・・。
『まぁ、いっときのお宿だ。寛げないかもしれないけど、御神酒はあげるから。それで勘弁しておくれ』
って慰めるしかなかったんですがね・・・。
それから、半年くらいあとでしたかね。
もうアタシもいい加減あきらめそうになってた頃に。
その娘さん、戻ってきましてね。
しかも彼女に似合いのいい男と二人で。
どうなったかは、何もきかなくても分かりましたよ、えぇ。
親父さんは。
『建さんはタイガースで投手を育ててるんだから、しょうがねぇ』
ってよく分からない理由で認めたそうで・・・。
彼氏の方も。
『初孫の野球観戦、ホームはジャンケンで決めましょう』
って云ったとか。
まま、うまくいくんじゃないですかね。
よく分かりませんが、ここはスタート。
ペナントは長いんだけど、まぁ、それはそれ。
それよりもね、件の娘さん。
彼氏の姓になるんですが、それがあんた。
『タカハシ』
ですってよ?
こんな事、あるんですねぇ・・・。
おやおや、ずいぶん話しちゃいましたね。
じゃ、お後をお楽しみに、アタシはここまでで。
鈴木市郎でございました。