その六十。(交流戦だよ、広島さん!!)
僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。
だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。
6月6日。
僕、湯川と広島さん、岩国さんは、メットライフドームにいた。
チケットを手に入れたのは広島さん。
なんとビジター側ベンチサイドシート・最前列だ!!
『ねぇ、リコ?』
『何、由宇ちゃん!』
『この席って、例のスライリーコネクション?』
『違うよ、スライリーのお友達からのプレゼント!スライリーがわたしの事を話したら、ぜひ招待したいって!!』
『つまり・・・あの二人ね(ホーム側ベンチそばを指さす岩国さん)』
岩国さんの指差した方には、レオとライナの兄妹。
こっちに向かって、ちぎれんばかりに手をふってくれていた。
『大体予想通りだったね、湯川くん』
『そうだね、岩国さん』
『レオ、ライナ、今日はありがとぉーっ!!でも、カープは負けないよぉ!!』
(望むところだ、かかって来い、のポーズをとるレオとライナ)
『広島さんのいう事が聞こえるんだね?』
『だってほら、ネコって耳がいいじゃない?』
『ネコじゃないけどね』
『(湯川くんの云うことは聞かずに)でも、すごいねぇ、湯川くん、由宇ちゃん!』
『何が?』
『(天井を指さして)あんな大きなフタ、一体どうやってかぶせたんだろうねぇ!?』
『広島さん・・・』
『ものすごい大きなロボットで、こう、ウィーンって(球場に蓋をかぶせる仕草)』
『リコ、その話はやめよっか』
『えぇ、何でぇ、由宇ちゃん・・・あ、ロボットじゃないんだね!!じゃあものすごく大きな手のついたクレーンで、こう、グィィーンと』
『リコ、ちょっとアレな子みたいだから、やめよ?』
『・・・(納得いかない顔の広島さん)』
(とそこへ、クスクスと笑い声。声の主は広島さんの隣に座っている小学校高学年くらいの男の子)
『おねぇちゃん、面白いね!!』
『???(普通にしゃべってただけなので、何が面白いか分からない広島さん)』
『(隣にいる母親)リョー!失礼なこと言わないの!!』
『???(普通にしゃべってただけなので、何が失礼なのか分からない広島さん)』
『あ、気にしないでください、お母さん!この子、メラド初めてなんで、ちょーっとテンション上がってるだけなんです!ね、湯川くん?』
『そうなんです。こちらこそ、うるさくってすみません』
『なんで?球場でうるさくしちゃいけないの?』
『内容によるんだよ、広島さん』
『ふーん(よくわかってないけど納得する広島さん)』
『ねぇ、おねぇちゃん!』
『リコっていうんだよ、えーと・・・』
『オレ、りょーすけ。たなかりょーすけ!!』
『(目を丸くする広島さん)きみ、一人で二遊間なんだ!!』
『うん!!(得意げなりょーすけ君)』
『わたしはね、上の名前が広島!!で、リコは、鯉の子って書くんだよ!!』
『(目を丸くするりょーすけ君)すっげぇ!!リコねぇちゃん、生まれたときからカープなんだぁ(尊敬のまなざし)』
『まぁね!お父さんとお母さんには本当に感謝してるよ!!』
『リコねぇちゃん、今日は応援、頑張ろうね!!』
『もちろんだよ、りょーすけ君!!』
何度会ってもいっこうに打ち解けられないって人もいれば。
会って、その瞬間に意気投合できる人もいる。
どうやら広島さんとりょーすけ君は、後者の方だったらしく。
同じタイミングで声をはりあげ、応援歌を歌い、頭をかかえていた。
さて、試合の結果はご存知の通り。
恐るべき山賊打線は初回から先発・山口に襲い掛かり。
続いたアドゥワをずたずたに切り裂いた。
出来がどうとか、ルーキーだからとか、そんな事は云わないでおこう。
勝負は、勝負だ。
そして、回は進み。
いよいよ九回表。
カープ、最後の攻撃。
僕は黙り込んでグラウンドを見つめ。
岩国さんは目をつぶって祈りをささげて。
そして、広島さんは。
『ここから!!ここからカープ、逆転だよぉ!!りょーすけ君を泣かしたら承知しないよぉっ!!(どこから出るのかというような大声で)』
『リコねぇちゃん・・・(実は半ベソのりょーすけ君)』
『あとたったの七点だよ、りょーすけ君!そんな顔してないで、声出して!!』
『うんっ!!』
『あきらめたら負けだよ!!』
『・・・あきらめたら負けだね!!』
すごいな、広島さん。
りょーすけ君のために、カープを応援してるって。
達川さんじゃないけど。
やっぱりモノがちがいますよ、だな。
とはいえ、そんな僕らの思いも。
メラドの空に砕け散ったわけで(フタ、じゃない、屋根あるけど)。
りょーすけ君のくやしがり方ったら。
お母さんがいくら促しても、一向に席を立たず。
下をむいて顔をくしゃくしゃにして。
爆発しそうな気持と戦っている。
見てるこっちが痛々しくなってしまうよ、まったく。
ホントに、この子のために、なんか出来る事はなかったのかよ、僕らのカープ!?
『リコねぇちゃん。悔しい、くやしいよ・・・!(嗚咽を繰り返すりょーすけ君)』
『甘えんじゃないよ、りょーすけ!!』
『!?(びっくりして泣くのをやめるりょーすけ君)』
『悔しいのはねぇ、誰だってそう思うんだよ!!そこから君はどうしたいの?どうしたいのよ!?(何かのスイッチが入ったらしい広島さん)』
『・・・ライオンズに、勝ちたい』
『じゃあ、どうやったら勝てる?ライオンズは、たった今9対2で敗れた、強いチームだよ!?』
『・・・僕が』
『僕が?』
『野球頑張ってうまくなって』
『うん!』
『カープに入って、ライオンズ、ギッタギタにやっつける!!』
『それだよ、りょーすけ!!』
『リコねぇちゃん、おれ絶対やるよ!!』
『約束だよ!!』
『試合、観に来てね!!』
『絶対行くよ!!』
『おれ、MVPとるよ!!』
『当たり前だよ、獲らなかったら承知しないよ!!』
『(湯川くんと岩国さんに)頑張るから、応援してね!!』
『(苦笑しつつ)もちろんさ、りょーすけ君』
『頑張ってね』
『うんっ!!』
『じゃあ一軍に定着したら、その時はシーズンチケットを三枚。必ず私のところに送るんだよ、りょーすけ。あんたの試合、観に行くからね!!』
『わかった、三枚ね。まかせて!!』
『リコ、何その約束?(軽くあきれる岩国さん)』
『いいんじゃない、岩国さん。少なくともりょーすけ君、ものすごく元気になったし』
『まぁ、ねぇ・・・』
『これ、ウチのお父さんのお店です、お母さん!ここに送ってくださいね!!(りょーすけ君のお母さんに自分ちのお店のショップカードを渡す広島さん)』
『え、えぇ。わかりました・・・(やっぱりこの子はアレなのかしらとうっすら思いながらカードを受け取るりょーすけ君のお母さん)』
『まずはリトルで日本一で世界一、その後はボーイズで日本一から世界一!!(別人になっているりょーすけ君)』
『その後は甲子園だよ、りょーすけ!!』
『で、ドラフトだね、リコねぇちゃん!!』
『完璧だね、絶対あきらめちゃだめだよ!!』
『もちろん!!』
『じゃあ、リコねぇちゃんと約束だね。りょーすけ、私たちは!?』
『おれたちは!!』
『ライオンズ、ギッタギタにしてやるぞぉっ!!(天に拳を突き上げる広島さんとりょーすけ君)』
ちょっとどうかな、という魂の誓いがメラドの空に舞ったわけで(フタ、じゃない、屋根あるけど)。
でもね。
この時の僕らが知る由もない、そう遠くない未来の事なんだけどさ。
りょーすけ君こと、田中涼介。
卒業後ドラフト三位で相思相愛のカープに入団。
二年目で早くもレギュラーを獲得。
安定した守備、巧みな走塁、あきらめないバッティングで。
対戦相手のライオンズを4タテ。
この時の広島さんとの約束通りに、文字通り。
「ギッタギタにして」。
シリーズのMVPになっちゃうんだな、これが。
そして。
そんな田中選手、いや、りょーすけ君からは。
約束通り、レギュラー定着後から彼が引退するその年まで。
広島さん宛に、
『リコねぇちゃんへ 今年もギッタギタにしてやります りょ-すけ』
のメッセージカードが必ず添えられて。
シーズンチケットが三枚、送られてくる事になるんだ・・・。
僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。
だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。
広島さん、今回ばかりはグッジョブ。
※メットライフドームで自分の左隣で懸命に田中選手を応援していたカープ坊やとその妹さん、あなた達の試合終了後の一言、『次勝とぉー!!』の叫びにこの駄文を勝手に捧げます。