その六十二。
僕の同級生、広島さんは隣のクラスの人気者。
だけど、僕にだけ訳の分からない事をいいに来るのが玉に瑕。
(雨の中、学校帰りの広島さんと湯川くん)
『ねぇ、湯川くん!』
『何、広島さん?』
『交流戦、きっぱり忘れよー!!』
『相当くやしかったんだね』
『(気にせず)日本シリーズで勝てばいいんだもんね!!』
『まぁ、そうだね。そうなんだけどね・・・(心配性の湯川くん)』
『おぉ、リコ、湯川くん!!いま帰りか!!』
(二人の背後から大きな声。振り向くと、広島さんのお祖父さん・鯉太郎さん)
『あ、お祖父ちゃん!!』
『こんにちわです、監督!!』
『湯川くん、野球をやってないときは「こいたろうさん」でいいよ』
『あ、いや、はい!こいた・・・・・・やっぱり監督でいいですか?』
『まぁ、いいけどね(微笑みながら)』
『でもどうしたの、こんな天気に?雨とイチゴとサインの見落としが死ぬほどキライなお祖父ちゃんらしくないね!』
『まぁな。特に最後のやつはやらかした選手を八つ裂きにして、「オレなんか野球やらなきゃよかった」っていう目にあわせたくなるね』
『・・・(絶対見落としはしないことを誓う湯川くん)』
『どっか行ってたの、お祖父ちゃん?』
『あぁ、お墓参りだよ。こればかりは天気は関係ないからね』
『お墓参り・・・(ちょっと考えてる湯川くん)ねぇ、広島さん』
『何、湯川くん!』
『僕は広島さんのお祖母さんにお会いしたことがないんだけど』
『あたりまえだよ、ここにはいないんだもん!』
『いないって』
『とっても遠くにいるんだよ!!』
『遠くに?』
『そう、とっても、とーっても、遠いんだ!ねぇ、お祖父ちゃん?』
『そう、遠い所だな・・・』
『・・・(なるほど、そういう事なんだ、と湯川くん)』
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と、お話しは変わって。
アイルランドはダブリンのとある野球場(笑)。
ぬけるような青空を、気持の良い打球音と、口汚い怒声が切り裂いていました。
『おらぁぁぁつ、オハラぁ!!この×××××××の、××××××××野郎!!なぁんで今のが捕れないんだよ!!おまえの××××××を×××××××にして、××××××××にしてやんぞ、おい!!・・・ったく、次はキーン!!』
『はいっ!!(ダッシュ)』
(大男達を相手に、延々とアメリカンノックを繰り返す小柄な赤毛の女性)
『だぁっ!!(ギリギリで捕れなかったキーンさん)』
『百回殺すぞ、キーン!!何であんなのが捕れないんだよ!!お前あれかい、もしかして×××××××な×××××××なのかい!?』
『すんませんっ!!』
『あやまるくらいならキッチリ捕りやがれ、この×××××××野郎!!よーし、あと二時間行こうか!!』
『(顔色をかえる選手達、一斉に)勘弁してくれよ、アマンダぁ!!』
『(悪魔的に笑うアマンダと呼ばれた女性)・・・あらら、あたしったら根が優しいもんだからつい手加減しちゃった・・・欲張りだねぇ、この×××××××野郎共!じゃあ、ぶっ倒れるまでいこうか!!』
『そうじゃねぇよぉっ!!(一斉に叫ぶ大男達)』
『やかましい!!おまえらの胃袋から汗が吹き出るまでやるよ!!』
この大下剛史ばりの鬼軍曹な女性の名前は。
アマンダ・ヒロシマ。
鯉太郎さんの妻であり、広島さんのお祖母さんです。
(もう途中で気がついている方がほとんどでしょうが)
現在はアイルランドナショナルチームの守備・走塁・打撃コーチとして。
今まで一度も出場したことがないヨーロッパ選手権、WBCをめざして。
緑色のユニフォームを着た男達を。
日々、『オレなんか野球やらなきゃよかった』という目にあわせているのです・・・。
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『遠いところでね、元気にしてるんだよ!(雨の空を見上げる広島さん)』
『そうだね、そうだよね・・・(しみじみと湯川くん)』
湯川くんのカン違いはこのあとしばらく続くのであった・・・。